ページの本文へ

Hitachi

日立システムズ SHIELD Security Research Center

2012年9月3日初版公開

日中韓の三カ国間のサイバーセキュリティ協力が提唱されたのは3年半前だが、遅々として進んでいない。同盟国でない日中韓は、それぞれ歴史・領土問題を抱え、サイバーセキュリティ関連の機微な情報共有が難しいこと、国内の政治情勢や経済など他にも優先すべき問題が多いことが挙げられよう。特に今年は、尖閣諸島と竹島への上陸問題を契機に日中と日韓とで緊張が高まっており、政府間でのサイバーセキュリティ協力を進められるだけの余裕はないものと思われる。

三カ国のサイバーセキュリティ協力が最初に謳われたのは、2008年12月13日の日中韓サミット後に発表された日中韓行動計画(概要)である。「三国間協力促進のためサイバー事務局を2009年以降立ち上げる」、「サイバー事務局においては、日中韓首脳会議を含む三国間の会議の結果概要を掲載する」ことが盛り込まれた。(脚注:ⅰ)

そもそも、三カ国の協力関係を推進する日中韓サミットが1999年から実現した背景には、中国のWTO加盟に伴う経済効果などの経済問題があった。その後、比較的論議を呼びにくい経済問題だけでなく、2002年からは北朝鮮の核開発に関する議論も始まった。(脚注:ⅱ) また、初の国家に対するサイバー攻撃となった2007年のエストニアに対するDDoS攻撃や2008年のグルジアへの軍事攻撃とサイバー攻撃の組み合わせを契機に、国家レベルでのサイバーセキュリティ対策と多国間協力の必要性が認識されるようになった。その流れを受け、2008年12月に日中韓でもサイバーセキュリティ協力が提言されるようになったと考えられる。

しかし、2009年以降、サイバー事務局が開設されたという情報は、2012年9月3日現在確認されていない。2009年10月10日の第2回日中韓サミット後の共同記者会見で、李明博大統領は、「正式な事務局の設置の前には、サイバー上に事務局を設けて運営し、その評価をしてから、常設の事務局の設置について検討したいと考えています」と発言している。(脚注:ⅲ) 2010年5月30日の第3回日中韓サミットに伴い、三者間協力事務局の設置に関する覚書が結ばれているが、その中にサイバーセキュリティに関する文言はない。(脚注:ⅳ) また、2011年5月21~22日の第4回日中韓サミットでは、東日本大震災と原子力に注目が集まり、サイバーセキュリティに関する言及はない。(脚注:ⅴ)

2012年5月13日に北京にて開催された第5回日中韓サミットの後に発表された「三国間の包括的な協力パートナーシップの強化に関する共同宣言」の中で、具体的なサイバーセキュリティ協力内容は決定されていない。「我々は、海賊、エネルギー安全保障、サイバーセキュリティ、感染症、テロ、大量破壊兵器の拡散といった非伝統的安全保障分野において、三カ国が協力を進めることを奨励した」という文言が盛り込まれたに過ぎない。(脚注:ⅵ) サイバー事務局は未だ開設していない。開設前には具体的な協力分野を決める必要がある。また、サイバー事務局の評価をしてから常設の事務局が設置されるかどうか決定されるということは、常設の事務局ができるまでにも、まだまだ時間がかかりそうである。

緊張関係は、物理的なドメインとサイバー上と両方にまたがっている。2012年8月10日の李明博大統領の竹島訪問や8月15日の香港活動家7名による尖閣諸島上陸事件の後、緊張が高まっており、三カ国ともに、サイバーセキュリティ協力を進める余力はない。サイバー上でも緊張関係がある。韓国のインターネットユーザーから日本に対するサイバー攻撃が過去に何度か起きており、韓国独立運動の起きた3月1日や終戦記念日の8月15日に発生することが多い。いつものターゲットは2ちゃんねるであり、2010年3月1日のDDoS攻撃では、掲示板が30ヶ所ダウンし、サーバーを置く米国ではFBIが出動する騒ぎとなった。今年は、領土問題を受け、8月15日に2ちゃんねるをサイバー攻撃する機運がコミュニティサイト「ネットテロ対応連合」で高まっていた。しかし、8月15日の未明になって、指導者的立場のユーザーが攻撃予定は9月で、8月15日の攻撃はない旨書き込みをした。今のところ9月のいつに攻撃が行われるのか決まっていないようであるが、韓国内の報道では、ハッキングやDDoS攻撃以上の高度なサイバー攻撃の可能性が示唆されているという。(脚注:ⅶ)

中国の場合、2010年9月7日の尖閣諸島沖での漁船衝突事件の後、2010年と2011年の9月に「中国紅客連盟」によるDDoS攻撃、ウェブサイトの改ざん、不正侵入などのサイバー攻撃が日本に対して行われている。また、尖閣諸島上陸事件直後の2012年8月17日には、奈良国立博物館(奈良市)のホームページの一部である画像データベースの検索画面に「尖閣諸島はこれからもずっと中国の領土の一部である」、「尖閣諸島は中国の33番目の省だ」などといった英語の文章が表示されているのが見つかった。(脚注:ⅷ)

こうした状況においては、技術者レベルでのケース・バイ・ケースでの情報共有や協力はできても、国家戦略としての三カ国間のサイバーセキュリティ協力を進める機運が生まれてこない。そのため、各国のリーダーシップもとりづらい。日中韓のサイバーセキュリティ協力への道のりは、遠い。

関連情報:

  1. 2008年12月13日付外務省「日中韓首脳会議 日中韓行動計画(概要)」
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jck/doc_ap.html
  2. 1999年11月28日付外務省「小渕総理のASEAN + 3首脳会議等出席(概要と評価)」
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/kiroku/s_obuchi/arc_99/asean99/3shuno.html
    2012年5月17日付産経新聞(宮家邦彦著)「日中韓サミットは何のため?」
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120517/plc12051708180006-n1.htm
  3. 2009年10月10日付首相官邸「日中韓共同記者会見」
    http://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/200910/10JCKkyoudou.html
  4. 2010年5月30日付外務省「日本国、中華人民共和国及び大韓民国の政府の間の三者間協力事務局の設置に関する覚書(仮訳)」
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jck/summit2010/secretariat_oboegaki.html
  5. 2011年5月22日付外務省「第4回日中韓サミット首脳宣言」
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jck/summit2011/declaration.html
  6. 2012年5月13日付外務省「第5回日中韓サミット 三国間の包括的な協力パートナーシップの強化に関する共同宣言」
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jck/summit2012/joint_declaration_jp.html
  7. 2012年8月18日付Livedoorニュース「韓国が『2ちゃんねる』へのサイバー攻撃を計画か『今年はより知能的』」
    http://news.livedoor.com/article/detail/6866492/
  8. 2012年8月18日付朝日新聞「奈良国立博物館のHP改ざん、英文で『尖閣は中国領土』」
    http://www.asahi.com/national/intro/TKY201208170485.html

  • * 各会社名、団体名、商品名は各社、各団体の商品名称、または登録商標です。

日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。