2012年6月26日初版公開
2009年9月21日、防衛省は、サイバー攻撃が世界的に増加している現状を踏まえ、同省や自衛隊へのサイバー攻撃に専門的に対処する「サイバー空間防衛隊」(仮称)を新設する方針を決めた。同隊は、60人規模を想定、自衛隊指揮通信システム隊(2008年3月設置)の下に設置し、(1)最新のコンピュータウイルス情報などの収集や対処方法の研究、(2)防衛省・自衛隊の指揮通信システムの監視や防護、(3)専門知識を持つ要員の育成を行う。(脚注:ⅰ)
また、同省は、サイバー攻撃対策の中長期的な企画立案を担う「サイバー企画調整官」を統合幕僚監部に新設することを決めた。同調整官は、2011年3月に設置され、自衛隊のサイバー攻撃対処に関する構想の策定や諸外国の関係機関との調整業務を行っている。(脚注:ⅱ)
2011年12月には、防衛省は、高度化・複雑化するサイバー攻撃への対応をより強固なものに再構築するため、「サイバー空間防衛隊」(仮称)の当初計画を見直し、幅広い情報基盤と人材を投入した組織を25年度に立ち上げる方針を明らかにした。防衛省は24年度末までの新組織創設のため、23年度当初予算への計上も行っていた。しかし、組織を拙速に立ち上げても、急激に高まる脅威に対応できるか指揮通信システム部が疑問を呈し、基盤と人材を組み直す必要性が認識された。そのため、部隊新編を遅らせる代わりに、高度化する攻撃への調査・研究と人材育成とが進められることになった。この時点では、サイバー攻撃に関する最新の一般情報を収集する「情報収集部」、攻撃シミュレーション結果を実際の環境に近い形で分析する機能を持つ「動的解析部」、対処能力向上のためのサイバー演習機能を持つ「対処演習部」などを軸に編成されると見られていた。(脚注:ⅲ)
その後、防衛省から特段の発表はなかったが、2012年1月21日付の産経新聞で、サイバー空間防衛隊を平成25年末に100人態勢で発足させ、各省庁や出先機関、防衛関連企業のシステム防護も検討しているとのスクープ記事が出た。防衛省や他紙による追加情報はその後出ていない。同紙は、情報源を複数の政府筋としている。産経新聞によると、中国によるサイバー攻撃の脅威の高まり、2011年の三菱重工業など防衛関連企業や政府機関、国会へのサイバー攻撃が多発したため、サイバー空間防衛隊に防御・攻撃能力を付与し、防御範囲を拡大させる案が有力となってきたという。そのため、政府は、25年度予算案概算要求をまとめる2012年8月までにサイバー空間防衛隊の防御対象範囲を確定させる方針であるという。サイバー空間防衛隊は、攻撃・防御の双方に分かれたサイバー戦の模擬訓練を実施するため、攻撃能力は不可欠となり、過去に使用されたコンピュータウイルスだけでなく、新たなウイルス等のサイバー攻撃技術の開発も検討している。(脚注:ⅳ)
攻撃手段保有に合わせ、他国からのサイバー攻撃を武力攻撃(有事)と認定する基準も必要となる。そのため、産経新聞によれば、「現行の武力攻撃事態対処法で想定する攻撃目標や被害の規模を踏襲し、(1)攻撃手法がコンピュータウイルスや不正アクセス、(2)重要インフラやライフラインに大規模な被害、(3)国民の生命・財産を脅かす―の3要件が満たされれば、武力攻撃と認定する案が有力となっている」という。(脚注:ⅴ)
また、2012年6月14日付の産経新聞は、防衛省が2012年6月13日、陸海空3自衛隊の統合部隊「サイバー空間防衛隊」の創設に向けて、平成25年度予算案概算要求に約100億円を計上する方針を固めたと報じた。米軍サイバー部隊との共同訓練も検討しているという。(脚注:ⅵ)
海外からの「サイバー空間防衛隊」への反応としては、中国共産党の機関紙「人民日報」のインターネット版「人民網」の日本語サイトに掲載された2つの記事がある。2010年6月18日付で、中国人民解放軍軍事科学院戦略部研究員の袁軒及び趙徳喜による「日本など各国の『サイバー戦』軍備」と題するレポートが発表された。それには、以下のように過大評価された日本のサイバーセキュリティ能力が記されており、報道されている日本の能力と非常に乖離した内容となっている。(脚注:ⅶ)
日本の重要な作戦思想は「ネットワーク支配権」を把握することで敵の戦闘システムを麻痺させることだ。日本はサイバー戦システムの構築において「攻守兼備」を強調しており、多額の経費を投入し、ハードウェアおよび「サイバー戦部隊」を建設している。
また、「防衛情報通信基盤」、「コンピュータ・システム共通運用基盤」を打ちたて、自衛隊の各機関・部隊のネットワークシステムにおける相互交流、資源共有を実現した。 このほか、5千人からなる「サイバー空間防衛隊」を設立、開発されたサイバー戦の「武器」と「防御システム」は、すでに比較的高い実力を有している。また、日本は米国と共同での開発にも重きを置いており、進んだ技術を導入する一方で自国における建設を進め、「サイバー戦能力」を高めている。 |
その後しばらく、海外からのサイバー空間防衛隊に対する反応は見られなかったが、2012年6月14日、再び「人民網」の日本語サイトに産経新聞の報道に対する反応と見られる記事が掲載された。「現在東アジアではまだスーパーウイルス蔓延の情報は聞かれないが、米日の引き起こすサイバー兵器軍拡競争はひそかに始まっている。戦争の硝煙は当面はまだ上がらないだろうが、『サイバー戦争』は一触即発の状況にあるのかもしれない」と警鐘がならされている。この記事では、サイバー空間防衛隊の規模が以下のように修正されているものの、日本の法的根拠の獲得によって、サイバー戦争が勃発することの方を心配している。(脚注:ⅷ)
日本は2005年の中期防衛大綱でサイバー部隊の創設を計画し、2008年3月26日に正式に設置した。2013年末にはサイバー攻撃の最新情報の収集、シミュレーション環境下でのサイバー攻撃訓練、サイバー攻撃対処能力の向上を担う、100人規模の「サイバー空間防衛隊」も新設する。
警戒すべきは、日本政府がサイバー攻撃の開発に拍車をかけるとともに、あらゆる手を尽くして法的根拠を探し求め、法理上の根拠においてサイバー戦争に道を開こうとしていることだ。こうした計画を通じて、将来日本はサイバー空間で他に先駆けて「平和憲法」の制約を打破し、他国と「サイバー戦争」を繰り広げる恐れがある。日本は自らのサイバー部隊の整備を加速するのみならず、関係国との連携も企てている。 |
「2005年の中期防衛大綱」という表現は、中期防衛力整備計画と防衛計画の大綱を混同したものと見られる。中期防衛力整備計画(平成17年度~平成21年度)に基づき、自衛隊指揮通信システム隊が創設されたのは事実であるが、その任務は統合幕僚監部指揮通信システム部指揮通信システム運用課が以前担っていたため、人民網の記述は正確ではない。また、サイバー攻撃の国際法上の定義が定まっておらず、サイバー攻撃が「武力攻撃」に当たるかも決まっていないため、憲法9条との整合性如何の議論はまだ進んでいない。そもそも、自衛隊法では、陸海空の防衛しか定められておらず、サイバー空間は任務領域に法律上は入っていない。
人民網の記述が正確性を欠いている理由としては、2つ考えられる。第1に、英語のみならず、日本語でも自衛隊のサイバー攻撃対応能力やサイバー空間防衛隊に関する情報が少ない。日本の新聞でサイバー空間防衛隊についてフォローアップをしているのは、基本的に産経新聞のみであり、他の大手新聞と異なり、英語版のウェブサイトを有していない。(脚注:ⅸ) そのため、本件に関する海外の公刊情報が少なくなる。第2に、自衛隊能力の過大評価をすることによって、人民解放軍の危機感を煽り、ひいては自衛のためのサイバー戦能力の向上を正当化していると考えられる。
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